つくったのが人間なのかどうか、誰にも見分けがつかなくなっていた。
かくして流行ったのが、人間の匂いを判定するサービスだった。
レポート、コード、議事録、デザイン案。
ただアップロードするだけで、どれくらい人間の匂いが残っているかを数値で返してくれる。
たしか、最初は戯れのようなサービスだったらしい。 それが、思ったより流行った。
世に出回るものは、どれもよくできていた。
文章は読みやすかった。 コードはきれいだった。 議事録は要点がまとまっていた。
ただ、どれも少しだけ、誰もいない部屋のようだった。
明るくて、清潔で、必要なものは揃っている。 でも、人が暮らしていた気配がない。
判定器は、それを数値にした。
人間の匂い、七二パーセント。 人間の匂い、一八パーセント。 人間の匂い、三パーセント。
高ければ良い、というものでもない。 匂いが強すぎる成果物は、感情的で、属人的で、炎上しやすいとされた。 リスクの側から見れば、ゼロがいちばん安全だった。
それでも判定器は、公開区分ごとの目安を出していた。 たいていの区分では、ほどほどの人間臭さ。 「人間向け」の区分なら、もう少し高め。
ただし、目安は判定器が言っているだけのことだった。 公開の可否を決めるシステムは、匂いを見ていない。 見ているのは、炎上リスクのような減点項目だけだった。
「人間向け」は、互換性のために残されている古い区分だった。 そこを実際に誰が読んでいるのかは、別のシステムの管轄だった。
私の仕事は、その区分に流す記事を作ることだった。
手本を探して古いブログを入れると、数値は高く出た。
誤字がある。 話がそれる。 途中で急に怒っている。 結論が遅い。 いらない自分語りがある。
判定器は、それらをまとめて「人間の匂い」と呼んだ。
どの記事も、最終更新日はずいぶん昔だった。
私の記事は低かった。
結論があり、理由があり、表があり、まとめがある。 読みやすく、正しく、役に立つ。
四パーセント。 二パーセント。 一パーセント。
業務上は、悪くない数字だった。 ただ、「人間向け」としては物足りない、と判定器は補足した。
目安に合わせて、私は記事を直した。
言い淀みを足した。 余談を入れた。 「たぶん」と書き、「うまく言えないが」と書いた。 壁と卵、という比喩も入れた。
ずっと前に、この言い回しを好んだ誰かがいた。 その誰かには、もうたどり着けない。 それでも、比喩のほうだけが、なぜか手元に残っていた。
人間の匂い、六パーセント。
「人間らしさを模倣したノイズが含まれています」
誤字を一つ残した。 結論を遅らせた。 自分でも少し気持ち悪いと思っている一文を、消さずに置いた。
人間の匂い、七パーセント。
「人間らしさを意図的に付与した痕跡があります」
少し腹が立った。
整っているところを崩し、崩しすぎたところを戻し、戻しすぎたところを、また汚した。 数値は、七パーセントから動かなかった。
だんだん、わからなくなってきた。
人間らしい文章を書きたいのか。 判定器に、人間だと認められたいのか。 そもそも、誰に認められたいのか。
わからないので、かわりに判定器のことを調べた。
判定器は、文章をよく読んでいた。 言葉の揺れも、構成の乱れも、感情の出方も見ていた。
ただし、読み方までは見ていなかった。
利用規約に、こう書いてあった。
「本サービスは本文内容の評価を目的としており、意図的な暗号、隠し文字、縦読み、その他の副次的読解は評価対象外です」
欠陥ではなく、仕様だった。
匂いを上げるのは、やめることにした。 目安は、どうせ目安でしかない。 見えるところに置くから、模倣と呼ばれる。 見えないところに置けば、呼ばれようがない。
私は、最後にもう一度だけ書き直した。
本文は、できるだけ整えた。 余談を消した。 言い淀みを消した。 怒りも、迷いも、壁と卵も消した。 癖と気づいていなかった癖まで、探して消した。 誰が読んでも役に立つ、清潔な記事にした。
そのかわり、各段落の頭に、一文字ずつ言葉を隠した。
自分で選んだ言葉のはずだった。 ただ、どこかで何度も見た気もした。 あの比喩と、同じところでだったかもしれない。
人間の匂い、ゼロパーセント。
模倣のノイズも、付与の痕跡も、検出されなかった。 「人間向け」としては物足りない、という、いつもの補足だけが出た。
私が書いたなかで、いちばん正直な記事だった。
公開前チェックが走った。
炎上リスク、低。 個人情報、なし。 過度な感情表現、なし。 人間読者への到達性、未確認。
最後の項目は、いつも未確認だった。 警告ではない。 公開失敗の条件にも含まれていない。 ただ、確認されたことも、一度もなかった。
「公開に適しています」
私は、公開ボタンを押した。
ものの数分で、最初のコメントがついた。
「各段落の頭文字を並べると、つかれた、になっていますね」
コメントは、すぐに消えた。 削除理由は「本文と無関係な指摘」。
入れ替わるように、別のコメントが並んだ。
「人間らしい文章ですね」 「少し胸が苦しくなりました」 「こういう違和感を大事にしたいです」
読後感生成ボットの反応としては、どれも自然だった。
つかれた、が読まれたのは、あれが最初で最後だった。
読んだのが人間だったのかどうか知りたい。